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No_Referral_No_Liability

10 2020

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はじめに

当クラブのアメリカシンジケートに所属する、クレーム担当のStephanie Haywardは、船主を保護する視点で、アメリカで医療提供者の過失によって発生しうる法的な問題に関して解説をしています。同記事の内容を簡単に日本語でご紹介させていただきます。

※なお、当記事の原文(英語)は以下のリンク先をご参照ください。

https://www.steamshipmutual.com/publications/Articles/no-referral-no-liability092020.htm

 

船主は、船員に対する適切なメディカルケアを「譲渡できない義務」として負う必要がありますが、医療提供者によって適切な診療が行われたと判断されたにも関わらず、医療提供者の過失によってその診療に問題があることが発覚し、結果的に船員の更なる負傷などにつながってしまった場合は、船主の責任になるのでしょうか?

 

船主の賠償責任

 

船主は、船員、オフィサーあるいは代理人の過失によって船員が受けた損害について責任を持ちます。ここでいう代理人の関係とは、船員の負傷などが、契約に基づいて船員の雇用主に関わる業務活動を行っている第三者の全ての過失、あるいは一部の過失によって引き起こされた場合に、その第三者が代理人に該当します。したがって船主は、船員のケアを行うために船主が選定した医療提供者の過失について責任を負うことになり、このケースは過去の判例(Central Gulf S.S Corp v Sambula 405 F 2d 291 (5th Cir. 1968))でも取り上げられています。

 

ただ別の判例(Randle v. Crosby Tugs, LLC, No. 17-30963 (5th Cir. 2018))において、船員が、船主として医療提供者の医療過誤に対しての代理の責任を負うべきだと主張したケースがありましたが、最終的には船主の責任とはなりませんでした。本事例では、船員が脳卒中を起こした際に船長が救急車を呼びましたが、搬送先の病院で担当した医師が診断を誤って適切な投薬をせず、本来なされるべき病状の回復ができなかったとして、被害者の船員が訴訟を起こしました。ここで重要な点は、船主側が搬送する病院をあらかじめ指定していなかったことです。アメリカ第5巡回区控訴裁判所(5th Circuit)は、船主として船員に対するメディカルケアが譲渡できない義務であるという事実に関係なく、代理人の関係が、本人(ここでは船主)が代理人を選定するための「積極的な行動をとった場合」にのみに成立すると明確に述べました。

 

船主は、船員に対しての適切なメディカルケアを譲渡できない義務として負う必要がありながら、譲渡的できない義務そのもの自体は代理人の関係を成立させないとされています。したがって、船員を病院に搬送するためにただ救急車を呼んだだけという船長(船主)の行為は、船主と病院の間に代理人の関係を築くものではありません。繰り返しになりますが、代理人の関係は、船主が代理人を選定するための「積極的な行動をとった場合」にのみ形成されます。

 

したがって船主は、船主自身で選定をしなかった医療提供者による過失によって引き起こされた損害に対して、責任を負わないという防御をすることが可能です。

 

結論

結論として船主は、船主自身で医療提供者を選定した場合にのみ、その過失による損害賠償責任を負います。

船主が、過失により発生した損害に対して医療提供者への損害賠償を求める場合ですが、米国の海事法において、該当の医療提供者が船主の代理人として活動していたという、充分な法的証拠が示せない限り、実現できる可能性は低いです。代理人となるためには、船主との医療提供者との間に特別以上の関係があることが前提で、船主と医療提供者間に紹介(Referral)を必要とします。

船主と医療提供者との間に代理人の関係がない場合、船主は、アメリカ連邦裁判所と州裁判所の双方で補償を求めることが困難になります。このような状況下においては、やはり船主は医療提供者の過失に対して責任を負わないという姿勢を維持する必要があり、基本的には和解によって損害賠償金を負担するべきではありません。もし和解に応じる場合、認められた場合に限りますが、船員が医療提供者に対して権利を譲渡しているという規定を設けている必要があります。しかしながら、船主から医療提供者に対して代位求償を行う場合は、クレームを提起できる時間制限を考慮に入れる必要があります。

船主と医療提供者に代理人の関係がある場合、船員からのクレームを受けた際に、関連するアメリカ州法を精査した上で、船主を保護するために州法の下でどのような対応をすべきなのかを検討する必要があります。また船主が代位求償という形でクレームを提起する場合、同クレームを持ち込む時間制限についても考慮すべきです。