海上における衝突回避を目的とするVHFの使用による危険

05 2020

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これまでも、衝突防止のためにVHFを使用することに伴う危険性についての記事や報告は数多くあり、航海士がVHFによる交信に気を取られ、適切な衝突回避措置をとることが遅れたために生じた船舶間の衝突事例が頻繁に報告されています。

 

2019年3月25日深夜過ぎに発生した、アラブ首長国連邦フジャイラ沖錨地の航路におけるLNG運搬船(LNG/C)Aseemと大型タンカー(VLCC)Shinyo Ocean との衝突事故について、最近マルタ共和国運輸省の海上安全調査部(MSIU)が追加調査報告書を発表しました。

 

2019年3月24日の夜間、23時41分(現地時間)、LNG/C Aseemは、フジャイラ沖アンカレッジ地区の指定された航路に接近しており、VLCC Shinyo Ocean は同じ航路を沖合に向けて航行していました。

 

LNG/C Aseemは、VHFでVLCC Shinyo Oceanとの交信を確立し、両船は衝突回避に向けた対応方針について合意しました。

 

両船が衝突回避行動を開始してから間もなく、同じ錨地を出港したばかりの別の船舶(MV Silva)がVLCC Shinyo Oceanの前方を至近距離で通過するのが観測されました。

 

このMV Silvaとの新たな事態の発生により、VLCC Shinyo Oceanは、その前にLNG/C Aseemと合意した行動を十分に履行することができず、結果的にVLCC Shinyo OceanとLNG/C Aseemの2隻が衝突する針路に入る行動を取ってしまいました。

 

この間、VLCC Shinyo OceanとLNG/C Aseemの間のVHF通信は継続している一方、新たにMV SilvaとLNG/C Aseemの間の交信が発生し、その後さらにVLCC Shinyo OceanとMV Silvaの交信も加わりました。衝突を回避するための行動を支援することを目的としたVHF通信は、船のブリッジ・チームの集中力を低下させ、「海上における衝突の予防のための国際規則」(COLREGS)に則った適切かつ的確な行動を遅らせるだけであったように思われます。これらのVHF通信に固執したあまり貴重な時間が無駄になり、最終的に2019年3月25日00時06分(現地時間)LNG/C AseemとVLCC Shinyo Oceanの衝突が発生しました。

 

海上安全調査部(Maritime Safety Investigation Unit, MSIU)は、その事故報告書において、衝突の直接の原因はVHF無線による二隻の船舶間の通信が、「接近状況が進展した中でも継続しており、衝突が発生するまでの間適時に効果的な修正行動をとる可能性が低下した」ことであると結論づけました。

 

この衝突事故に関する報告書全文には、次のリンクからアクセスできます:https://mtip.gov.mt/en/msiu/Documents/MT%20Aseem_Final%20Safety%20Investigation%20Report.pdf

 

VHFが原因となった衝突について検討すると、各船舶は、COLREGS(第5条 Look-out見張り 1)を遵守するよう努め、VHF聴取を含むすべての利用可能な手段により見張りを維持しており、また、COLREGS(第7条 Risk of Collision衝突のリスク 2)に従い、衝突のリスクまたは接近状況の進展のリスクについても評価していたと思われます。しかし、調査報告書によれば、当直航海士(OOW)とブリッジ・チームが十分に状況を認識しておらず、VHFによる衝突回避対応を採用した結果、COLREGS(第8条 衝突を回避するための行動 3)「積極的に、十分な時間をかけて、適切な操船の遵守に充分注意して実施する」に沿って、より適切な衝突回避行動をとるために充てられたはずの貴重な時間が失われたことも明らかです。

 

当クラブの管理者は、特に他の船舶に接近している場合、衝突回避のために船舶間のVHF無線通信に依存することに関連すると考えられる危険性を、どれだけ重視してもし過ぎることはありません。COLREGSが適切かつ完全に実施されていれば、船舶間の衝突のほとんどは回避できたかもしれません。

 

以下は、VHFの使用により接近状況や衝突に至る危険性が確認された事例です。

 

VHFへの長時間にわたる過度の依存は注意散漫をもたらし、衝突回避の目的でより適時・適切な行動をとるために使うべきであった貴重な時間を失うことが判明しました。

英語が第一言語ではない場合、メッセージの誤解、および/またはVHF通信内容を理解することの困難や遅れによって、VHFを原因とする衝突の可能性が高まります。

VHF上で合意された衝突回避行動がCOLREGSまたはその地域の規制に違反している場合、展開している状況がVHF通信でコントロールされているという誤った安心感を与え、衝突のリスクがさらに増幅されます。

衝突回避のために過度にVHFへ依存することは、ブリッジ・チームを効果的に管理できなかったり、ブリッジ・チームが相手の船舶が適切な行動をとるだろうと思い込んだりして、やはり誤った安心感を与えてしまいます。

時に、AIS信号/識別子が船舶間で途切れることがあり、その結果、特に混み合った航路に近接して航行する場合には、VHF通信は充分でない情報に基づいて行われ、特に夜間においては衝突の危険性が高まることがあります。

すべての船舶は、衝突回避のために、いかなる時もCOLREGSに従って航行する必要があり、衝突回避についてVHFに依存してはなりません。

 

LNG/C AseemとVLCC Shinyo Oceanは、いずれもVHF無線で交信を行っていました。この交信は、接近状況が進展し適時・有効な修正行動をとる余地が減少した状況でも継続されました。最初のVHF通信からLNG/C AseemとVLCC Shinyo Oceanの衝突が発生するまで、わずか25分後であったことは注目に値します。

 

VHFに起因する衝突のもう1つの事例には、2012年12月に発生したMV Baltic AceとMV Corvus Jの衝突事故があり、この事例では、最初のVHF通信から8分後に衝突が発生しました。これらの交信の結果、COLREGSの要件に沿っていない通過操作が合意されました。この衝突により、残念ながらBaltic Aceが沈没し、11名の人命が失われました。この悲劇的な事件に関する報告書はバハマ海事局によって公表されており、以下のリンクから参照することができます:http://www.bahamasmaritime.com/wp-content/uploads/2016/05/Baltic-Ace-TJ-REPORT-20160527-FINAL.pdf

 

また、会員の方々は、2017年7月1日にドーバー海峡で起きた貨物船Huayang EndeavourとタンカーSeafrontierの衝突に関する当クラブの記事をご記憶でしょう。この記事は以下のリンクからアクセスすることができます:https://www.steamshipmutual.com/publications/Articles/use-vhf-collision-avoidance0418.htm

 

英国の会員の方々はこちらにも関心をお持ちになるかもしれませんが、海事沿岸警備庁(Maritime Coastguard Agency(UK) )は、VHF通信についての指針を再発行しており、VHF通信中の船舶間で相当な数の衝突が起き、これらの船舶がCOLREGSを遵守することよりも、衝突回避のためにVHF通信を確立することに集中している間に、貴重な時間が浪費されていたことを強調しています。海事沿岸警備庁(英国)のMarine Guidance Note MGN324(M+F)Amendment 1で言及されており、以下のリンクからアクセスすることができます。

https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/649865/Amendment_1_MGN_324__M_F__Watchkeeping_Safety_-_Use_of_VHF_Radio_and_AIS.pdf

 

海運産業における技術の進歩によって、自動識別システム(Automatic Identification System, AIS)が生まれました。AISは、すべてのSOLAS(海上における人命の安全のための国際条約)準拠船舶、および一部の非SOLAS船舶に必須の自動追跡装置です。AIS設備は、海上における衝突回避を目的としてVHFと併せて使用されています。

 

AISにはいくつかのリスクがありますが、主要なリスクはこの記事で既に指摘されているものです。ここで改めて強調させていただきますが、特に船舶が混み合った航路に近接して航行している場合に、AIS信号/識別情報が船舶間で途切れることがあるということです。このような状況では、VHF通信は情報が不十分であると考えられるため、特に夜間においては衝突の危険性が高まります。それ以降は、衝突回避のためのAISおよびVHFの使用は避けなければならず、船舶は、常にCOLREGSに従って衝突を回避するように航行し、対応を講じるべきです。

 

当クラブの会員の方々には、VHFに起因する衝突のリスクに関する注意を喚起し、また、意識のレベルを高めるために、すべての船員とこの記事を共有することを積極的に奨励します。

 

VHFに起因する衝突に関連して、当クラブは海上における衝突の予防のための国際規則における適切な参考文献と考えられるものを太字で強調しました。

 

1 第5条 見張り-

すべての船舶は、状況および衝突のリスクを十分に評価するために、視覚および聴覚により、ならびに、現状の環境および状況において適切な、利用できるあらゆる手段を用いて、常に適切な見張りを維持しなければならない。

 

2 第7条 衝突のリスク–

(a) すべての船舶は、現行の環境および状況において適切な、利用できるあらゆる手段を用いて、衝突のリスクが存在するか否かを判断しなければならない。何らかの疑いがあるときは、そのリスクは存在するものとみなす。

 

(b) レーダー装置が装備され、かつ、運用可能である場合には、その適切な使用がなされなければならない。これには、衝突のリスクについての早期警報を得るための長距離走査、および探知された物体のレーダー・プロッティングまたはこれと同等の系統的観測が含まれる。

 

(c) 不十分な情報、特に不十分なレーダー情報に基づく想定を行ってはならない。

 

 

(d) 衝突のリスクが存在するか否かを判断するに当たっては、次の事項などを考慮しなければならない。

 

(i) 接近する船舶のコンパス方位が顕著に変化しないときは、当該リスクが存在するものとみなす。

(ii) このようなリスクは、特に、非常に大きな船舶や曳航船に接近する場合、または至近距離の船舶に接近する場合には、顕著な方位変化が明らかな場合であっても存在することがある。

 

3 第8条 衝突を回避するための行動

(a) 衝突を回避するためのいかなる措置も、本パートの規定に従って講じるものとし、また、その事案の状況が許容する場合には、積極的に、十分な時間をかけて、適切な操船を遵守するよう妥当な注意を払って実施するものとする。

 

(b) 衝突を回避するための針路および/または速力の変更は、その事案の状況が許容する場合は、別の船舶が目視、またはレーダーにより容易に認識することができる十分な大きさのものでなければならない。針路および/または速力の小規模な変更を連続して行うことは避ける必要がある。

 

(c) 十分な操船余地がある場合、接近状況を回避するためには、針路の変更だけでも最も効果的な措置となり得る。ただし、それが適切な時期に行われ、十分であり、かつ、別の接近状況をもたらさないことを条件とする。

 

(d) 他の船舶との衝突を回避するためにとる措置は、結果的に安全な距離を通過するものでなければならない。当該措置の有効性は、他の船舶が最終的に通過し遠ざかるまで、注意深く確認されなければならない。

 

(e) 船舶は、必要な場合には、衝突を回避するか、または状況を評価するための時間を確保するために、推進手段を停止もしくは反転させて、速力をゆるめるか、または離れる措置をとらなければならない。

 

(f)

(i) これらの規則のいずれかにより、他の船舶の航行または安全な航行を妨げないことを要求される船舶は、事案の状況により必要とされる場合には、他方の船舶の安全な航行のために十分な操船余地を与えるために、早期に措置をとらなければならない。

(ii) 他の船舶の航行または安全な航行を妨げないことを要求される船舶は、他方の船舶への接近において衝突のリスクが伴う場合に、この義務を免れるものではなく、措置を講じるに当たっては、本パートの規則で要求される措置を十分に考慮しなければならない。

(iii) 航行を妨げられない側の船舶は、2隻の船舶が接近し、衝突のリスクが伴う場合に、依然として本パートの規則を遵守する全面的な義務を負う。